イタリアモードの好敵手プラダについてもふれないわけにはいきません。プラダの創業は1913年、創業者のマリオープラダがミラノに開いた革小物の店がその始まりです。当時のヨーロッパにおいては後発ブランドであったプラダが既存の老舗に対する特異性を打ち出すため、マリオは世界中を旅行して集めた珍しい素材を、イタリアのクラフツマンシップを駆使して他の店にない商品に開発したり、世界各国の豪奢な舶来品を愉入するという商才によってその成功を収めるのです。その革新的な精神を70年代末に再び蘇らせたのが、マリオの孫娘にあたるミウッチヤープラダなんです。大学で政治学を学び、家業を継ぐよりもフェミニスト活動に興味があった彼女は、同時にアートにも関心の深い知的な女性です。家業に本格的に打ち込むように宿命づけられたミウッチヤは、自らの内面に潜む革新的精神を発抑することになるのですが、まずその片鱗を見せたのが工業用の防水ナイロンを使ったバッグでした。これはもともと、祖父のマリオが実用的な旅行鞄に使うために、当時アメリカから輸入していた生地だったそうです。誰も使ったことのない新素材を使ってクラシックなデザインの商品を手がけることに夢中になったミウッチヤは、85年に靴のコレクションを、89年にはレディスウェア、95年にはメンスウェアといった具合にその個性を発揮していくのです。